短編小説「ヤクザ」

教科書的と言っても良い晴天の公園。ぽつんと立っている屋台を眺めていたら、おやじがたこ焼きをくれた。あやかはぐらぐらするつまようじを両手で支え、それをゆっくりと味わう。
 ハフハフ。……辛い。頭がくらくらする。刺激的である事を訴えると、メガネの奥でおやじの瞳が輝いた。前にママが食べていた、きむちが入っているのかも知れない。
「おじちゃん、どこに住んでいるの?」珍しい食べ物をくれたおやじに、あやかは興味を持った。後方、高いビルに指を向けられる。
「809号室。ご用命なら、あちらに」
 天を貫くタワーマンション。八階と言えども、信じられないくらいのお金がかかる事は、小さいあやかでも分かる。そんなに儲かっているようには見えない。
「お客さん、こないのー?」金持ちには見えない事を遠回しに訊いてみた。二人の脇を、痩せたサラリーマン風の男が通り過ぎていく。おやじは質問に答えずに、その男に殴りかかっていった。襟を掴んでのパンチ。最後は体と垂直に繰り出されるキック。キック。
「ひ、ひいい。や、やく……」男は頬を押さえ逃げていった。追わないおやじは「こうやると、初めて見てくれるんです」と呟いた。
「こんなに近くにいたのに、分からなかったの?」
「そう。私らの事は、暴力によって認識されるんです」
 それでは、やっぱり儲からないんじゃないだろうか――? 自分も怒られるかもと考え、それ以上は黙っておく。
「しかし、一度覚えてくれれば、あちらから尋ねてくれるんですよ」おやじはたこ焼き作りに戻った。「そして病み付きになります。ウチのは、粉が違うから」
 茶色の、大きな袋を取り出した。
「3回も食べたら、中毒です」中に、注射器も入っていた。