コーヒーカップにキスを

 朝――。
 目が覚めた彼は、私に優しく触れるの。その動作一つだけで、私の体中を電気が駆け巡っていくのを感じる。電流によって金属原子が振動し発生した熱エネルギーは、私の中に蓄えられた水へと注ぎ込まれる。始めはじわり、じわり……と、そして段々激しく、彼の事を想うとお熱が上がっちゃう。彼はそんな私のことを気にも留めず、シャワーを浴びにバスルームへと行ってしまった。
 流れるシャワーの水音と、蛇口をひねった時の甲高い音はただ遠くて、私は一人彼が戻ってくるの待つの。レースのカーテン越しに見える空は青く、東から差し込む日差しがまぶしかった。きっと今日は良い日になるに違いない。
 今か今かと彼を待っていた私の熱は、いつの間にか最高潮に達してしまった。そう、彼が来る前に沸騰したの。でも、別に怒ったわけじゃないのよ。確かに、私の中の水はどんどんと黒く染まってしまったけれど、それはお腹の辺りにまですんなりと下りて来て、温かさを保ったまま落ち着いているんですもの。
 シャワーを終えた彼がドライアーで髪の毛を乾かしている。熱い空気が渦を巻き、彼の前髪を跳ね上げる。額があらわになった彼の顔が最近の私のお気に入りなの。普段は前髪で額の半分は隠れてしまっているから分からないけれど、とっても形がキュート。
 彼はクローゼットからシャツを取り出し袖を通す。細くしなやかな腕がシャツの袖を通る姿はドキっとするの。黒の縦ストライプが入った白いシャツはパリッとしていて皺もないし、きっちり決めたスーツは落ち着いたダークグレイ。さり気にちょっと派手目な赤いネクタイを締めてアクセントになっていて素敵。
 身だしなみが整った彼は、伏せてあったいつもの白いコーヒーカップを取り出す。そして、彼はそのカップを私の口元に近づけてから私に触れるの。そこを押されるとどうしても声が出ちゃう。だから、ちょっと悪戯。私は白いカップの縁にキスをするの。
 カップには私の中から出たコーヒーがゆっくりと湯気を立てている。彼はいつものように私のキスしたコーヒーカップに口をつける。白いコーヒーカップを通した間接キスだけで私は十分。そして彼が美味しそうにコーヒーを飲んでくれるだけで満ち足りている。決して、互いの唇が重なり合うことはないだろうけど……。

 それが、コーヒーメーカーである私の幸せ。