ラノベ『マージナル』

マージナル (ガガガ文庫)

マージナル (ガガガ文庫)

殺人や拷問を愛好する異端者たちが集うアンダーグラウンド・サイトの管理人である月森高校二年生の摩弥京也は、巷を騒がす連続殺人犯と偶然ネット上で知り合った。彼からとある惨殺画像を受け取った京也は、その死体がクラスメイト南雲小百合のものだと気づき、結果、犯人から狙われることになる。小百合の葬式で彼女の妹・南雲御笠と出会った京也は、御笠に犯人捜しを手伝わせて欲しいと請われ、二人は事件を独自に調べ始める……。

第一回小学館ライトノベル大賞受賞作。被害者の妹と共に殺人犯を追う主人公。だが、彼自身もまた、彼女に衝動的な殺意を持っていた…、というサイコ・サスペンス。

ガガガ文庫の第一回新人賞に関しては色々言われているが*1、この作品を大賞に選んだ冲方丁ら選考委員や編集部の判断は妥当だと思う*2。古典的な意味で、文章・構成が上手い。全体的に言葉が過不足なく、文体が引き締まっている。ミステリとして見れば粗探しはできるものの、サイコ・スリラーとしては、序盤の「エクスター公爵の娘」との接触から終盤のどんでん返しに至るまで、綺麗にまとまっていた。

投稿時の題は「愛と殺意と境界人間」だが、「マージナル」の方が断然良い*3。この題の意味は、善と悪だとかそういった境界上に主人公が留まっていることを示している。対して一線を踏み越えた殺人者は「オーバーライン」と称されるのだ。怪物と闘う者は自身が怪物と化さぬよう留意せよ、深淵を覗き込むときは深淵もまた覗き返している、というニーチェの言葉を本編で引用しているが、推理物における探偵はある意味で一番殺人事件を欲している*4、というミステリの裏の顔を、ここでは積極的に利用している。

HJ文庫の『カッティング』もそうなのだが、殺人およびその衝動・妄想の方が、中盤で着替えを覗いたりするお遊びよりも、遙かにエロスを醸し出している。タナトスとエロスの接近自体は古来よりの定型なのだが、この作品の特色は、守る立場と侵す立場との二重性で葛藤して、両者の欲望を際だたせるところにあるだろう。欲を言えば、登場人物の印象は、主人公が半分、ヒロインが残りの半分、という案配で、少し脇役の印象が薄い。猟奇的趣味をモチーフにしているが、グロ描写はくどくなくあっさりしており、下品にならない。イラストはストイックな雰囲気に合っている。

*1:うさ道 - ガガガ文庫は衰退しました

*2:HJ文庫の新人賞とは対照的

*3:『セブン』とかああいうサイコ・サスペンスのタイトルセンスか

*4:事件がなければ探偵の存在意義がなくなってしまう。また、探偵は謎を解くだけで殺人は防がない、というのはよくある批判だろう